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キティちゃんエッセイ

キティちゃんに関するショートエッセイのコーナー

2007年03月15日(木)

リニューアルのお知らせ

 at 19:02 by あさこ


残念ながら、「ハローキティクラブ」は閉鎖されてしまいます。

この「キティちゃんエッセイ」のコーナーは、「ハローキティクラブ」のブログを使用していた為、これを機に、リニューアル致します。

再開まで、少々お待ち下さい。

今後につきましては、本サイトにてお知らせ致します。

今後もどうぞ宜しくお願い致します。
2007年02月05日(月)

思った事

 at 20:52 by あさこ



この前、夢で日本が戦争する夢を見ちゃいました。
かなり怖かった・・・。
とにかく、怖かった!
起きた時、平和のシンボルみたいなキティちゃんのお顔がそばにあって、
ほっとしました!
でも、昔の日本ではこれが夢じゃなくて、現実だった訳だし、更に、今も現実として戦争が起きている国がこの空の下にあるんだよね。
そう考えると・・・。
平和に眠れるって、何て幸せなんだろう・・・。



そして、最近、訃報を聞くと思うのです。
自分が生かされている(いや、自分で生きているんだけど。)の理由って
一体何なんだろうって。
生きているから、いろんな事を体験出来るし、いろんな人に出会える。
この命、大事にしたいです。
人が亡くなるのは、この世の中で一番辛い出来事だよね。

2007年01月03日(水)

2007年を迎えて

 at 23:08 by あさこ


平和な一年になります様に、とも思うけど、
本当の世界平和が来る日って有るのかな。
戦争なんて、正しいものは無いとすると、一体戦っている人達のどちらが正しいのかも分からない。
そこから、また新たな憎しみが生まれていく。

誰かが幸せになる事で、誰かが不幸になる不公平もいっぱい有る。

それでも、やっぱり、私は私や私の身近な人の幸せを祈ってしまうけど。
自分勝手なのかな・・・。

でもでも、家族がみんな健康で幸せでいて欲しい。
友人達とも仲良くしたい。
それだけで、今の私は、笑顔でいられると思う。

やっぱり、人は一人では生きられない。
周りの色んな人に幸福を貰ってるんだなーって思います。

そして、自分でした事には責任を取る、という事を最近とても強く意識しています。
「自己責任」
自分がした事は、全て自分に返ってくる。良くも悪くも。

そして~!
今年も、昨年以上に、ハローキティのグッズ、イベント等が満載の一年になります様に。

2006年12月31日(日)

2006年を振り返って

 at 23:55 by あさこ

今年は自分は、結構変わったなーと思っています。

余り攻撃的な事は考えなくなった。
細かい事を気にしない様に少しだけなった。
笑顔で明るくいる事の大切さを改めて知った。
平凡な毎日が一番幸せなんだと思った。

その他、色々。
こんな些細な事ですが、やっぱり、色々な事を経験して、こう思う様になった事は、自分でも成長だと思います。
キティちゃんみたいな、明るい、元気な人で有り続けたいな。

来年も良い一年になります様に。
2006年11月02日(木)

キティちゃんのお誕生日に思う事

 at 11:22 by あさこ


昨日、11月1日は、キティちゃんと、双子の妹、ミミィちゃんのお誕生日でしたね!
ハローキティって、人の心を癒してくれる、和ませてくれる、不思議な存在ですよね。
苛々していたり、何かに怒っている時でも、キティちゃんのお顔を観ていると、何だかほっとしてきて、苛々も怒りも消え去ってしまう様な・・・。
私は、怒る時はすっごく怒りますが、時が経つとあっさり忘れます。(ちょっと単純?)
こんな性格も、ずっとキティちゃんファンだからかな、なんて・・・。(ちょっと言い訳。)


最近気になるニュース、色々有りますが、その1つが、「自殺」。
「自殺」は連鎖するものなのでしょうか。どこかで止めないといけない事ですね。
特に、中高生の自殺による自殺のニュース、連日報道しています。

「自殺」「死」について
人それぞれですが、中学生とか高校生の頃って、「死」は美しいものであり、そして、苦しみから逃れる最終的手段の様に思えて、とても『素晴らしいイメージ』が有りませんでしたか?

そして、嫌な事が有った時、こう思い浮かべるのです。
もし、自分が自殺なんかしたら、自分を苦しめた人達は後悔し、反省し、みんなが自分を思い涙し、悲しんでくれるだろう、と。

でも、現実はちょっと違うんですよね。

確かに、自殺による、いじめた側に与える影響は、凄い事でしょう。
その時だけは。

でも、それが解決か、と言ったら違う。

死は、全ての物との永遠の別れ。
生と死の境界線を越えたら永遠に戻れない。
大切な人を悲しませるし、自分にとっても、哀しくて苦しくて、そして、恐ろしいもの。
そして、自殺は・・・残酷で凄惨なものでも有るのが現実。

死で解決される事は、実は何1つないし、いじめた側の人の中でも、大抵は一時的衝撃の後、自分のその死は過去として流れていってしまう。

でも、中学生や高校生の時は、そんな事、分からないものですよね。
私は少なくとも、そうでした。
大人になって、色々な人の死、そして、色々な人の生き様を観て、初めて分かってきました。
「自殺が美しい」なんて、幻想だったんだなって。
一度でもそんな幻想抱いたりして、一生懸命生きている人に申し訳なくなりました。
自分の未熟さゆえだったのですが。

私が叫びたい本音
この世には、もっと生きたいのに、生きられない人だって、沢山いる。
ほんと、生まれくるって事って大変な事なんだぞー!
人は一人で生きているのではなくて、周りによって生かされて貰っている。そして自分が生きている事がまた誰かを生かしている事にもつながっていくの。
だから、責任を持って生きなきゃいけないんだぞーーー!
そして、生きたいのに死ななくちゃいけない人とその周りの人達は、もの凄く辛いんだぞーーー!
って叫びたい位です。

しかし・・・。
人を死に追い込む迄のいじめって、どんないじめっぷりなんでしょう・・・。
想像出来ない。

解決策、逃げ道は何なのか
辛くて苦しい状況から逃げられない状態にある人は、本当に、苦しいと思います。
会社は辞めたり出来る事が多いけど、学校は辞められないし、例えば、いじめられている子供等は苦痛極まりないと思います。
親にさえも言えなかったりしたら、解決する手段1つさえ思いつかないだろうし。
そしたら、もし、自分だったら・・・。
確かに、安易に死を「解決策」として考えてしまうかもしれない。
でも、それは、「解決策」にも何にもならないんだよね。
いじめた人は、相手が自殺なんかしても、平気な神経の人が多いんじゃないかなー。

今の学校では、どんないじめをしているか分からないけど、昔からいじめって有った。
でも、死ぬ位なら、仕返しして、相手を打ち負かしたり出来たら・・・。
でも、それは、あくまでも理想論なんですよね。
第一、人を死なせてしまう程のいじめって或る意味、いや、まじで殺人・・・。
罰する方法はないのかなー。

でも、苛められている人も、ずっとその環境が続く訳ではないし。
どうにか、そこから逃げ出す道を考えて欲しいです。信頼出来る人の助けを借りながらでも。

死んだら、そこで全てが終わり。
勝たなきゃ。
周りの家族、自分を大事に思ってくれる人を悲しませて迄自殺するなんて、勝手だよ。。。
卑怯は相手と同じになっちゃう。
卑怯な相手に、勝たなきゃ。

社会に出ると、結構辛い事が沢山有ります。
今考えると、学校時代の辛かった事なんて、全然平気だった。
きっといじめを乗り越えた人なんて社会に出たら、いじめている様な卑怯な人より、活躍出来るんじゃないかな。
(幸い、私は学生時代も今も、苛められたりした経験が有りません。
学校や職場でいじめって有りましたよ。絶対、意地でも、いじめる側にはならない位の小さな強さは有ったけど、止めたりかばったりはする強さは有りませんでした・・・。今もないと思います。
ないので、偉そうな事が言えないのですが・・・。)

今、私が思う事
私は、家族が大病にかかって大きな手術して命拾いして以来、命が余りにも大事で大事で。
そして、自分も「死」に無関係ではない状態に陥りそうになった事が有るので、更に命がもったいなさ過ぎちゃって。
周りの大切な人が死ぬのが怖くて仕方ないし、どなたかの訃報なんか来ると、もうがっくりしちゃいます。

先日お亡くなりになった『病気と闘う社長』の故藤田社長は、「全ては自己責任」といつも言っていたそうです。
そうなのかもしれない。

私も、今後辛い事が有っても、乗り越えて生きていきたいです。
そして・・・もっと強くなれたらいいな。


まとまっていない文章でごめんなさい。
また考えがまとまったらいつか書きたいです。

2006年09月24日(日)

私が私である為にはぁ(>▽<)

 at 23:03 by あさこ


認めたくないながらも、何となく思っていました。
「私には、きっと普通の生き方が出来ない」のだろうと。


勉強を頑張って卒業して、頑張って就職して、仕事を頑張って、結婚して。
ここまで、一見「普通」に生きてきました。

でも、今後を考えた時、私は、「普通の主婦」にはどうしてもなれないと思います。

私のこの後の人生は、普通に出産して退職してママコースが普通だし、みんなが祝福してくれる生き方なのでしょう。

でも、「もう自分を解放してあげて、好きに生きていいのでは。」と或る人からアドバイスされた時、そうかもしれない、と思いました。

本当は、親に喜んで貰える生き方をして、みんなに喜んで貰いたいという気持ちもあります。
今までは、それが、勉強を頑張ることであり、仕事を頑張ることであり、幸せな結婚生活を送ることでした。
ここまでの人生は、私の意志と、周りに喜んで貰える生き方が一致していたのでラッキーでした。
だから、私は、自分の気持ちよりも、周りに認めて貰おう、と一生懸命でした。

でも、ここからは、一致しない人生が待っています。
小さい頃から、どこかで、私は、将来、こういう選択を迫られるだろう、と意識しながら生きてきた気がします。
家庭での良き妻となり、母となる事。
夫の帰りを待ち、子供を生み、育てる事。
それが、周りが一番喜んで祝福してくれる事だと思う。
でも、今の私にはそれは幸せではありません・・・。


ここのところ、休日出勤やら、残業やらで・・・。自分としては、ちょっと忙しくてハードな日々でした。

頑張り過ぎない方が、と言ってくれる人もいますが、でも、頑張る癖が出来ているし、それが自分の生き方で、頑張る、努力する、それによって自分が成立する、と思っているので、頑張らない生き方、もしくは、自分らしくない生き方をすると、自分が自分ではなくなってしまいます。
自分の中が、空洞になってしまうのです。
自分の中身をいっぱいにしておく為には、努力して、目標に向かって頑張って生きていかないと、からっぽになってしまうのです。

それが、家事や子育て(だけ)では、私の場合、駄目なのです。
家事や子育てを否定するのでは有りません。その事をメインに頑張る事が出来ないのです。
逆に、そういう事で頑張れる人が、とても羨ましいし、尊敬してしまいます。
そして、それらと仕事と両立出来る人は、更に尊敬します。
でも、私には、そんな器用な事は出来ません。

妻とか母のみ、にはなれない。
外に出て、いろんな人と接して、同性異性関わらず親しい友人が沢山欲しいし、社会に出て、仕事をしたいのです。
わがままだ・・・。
要は、不器用で、両立できないし。
ただ、それだけなんだけど。

この生き方を自分で否定してきた時もあったけど、私はやっぱりこれでいいのかもしれない、と最近思えてきています。

でもまだ決め付けるのは早いのかな。
いつか、この生き方は破綻する気もするし。
破綻した時、自分は・・・?
考えるのが怖い気もしますが、破綻する予感もずっと前から有りました。

なので、自分を大事にする為にも、まだこの件については、考え中。
中途半端で嫌だけど。。。
でもね、これだけは決めているっていう夢も有るから、だから生きていけるんだと思う。
それに関しては、キティちゃんファンクラブ会員名簿の私の項目を観てね。

2006年09月14日(木)

境界線

 at 18:21 by あさこ


親戚に不幸が有りました。

我が家は親戚が多いので、幼い頃から、葬儀に出る機会も多かった気がします。

小さい頃は、意味も分からず。
少し成長すると、人の死が悲しいという事が分かって。
その後は、死ぬという事は何なのかを考え、そして、生きるという事は何なのかも考え始めて。

今、私は、生と死について、少しクールに見つめられる様になってきた気もします。
勿論、人が亡くなるのは、とても悲しいです。

しかし、生と死は決して、裏と表ではなく、生の目の前に死が有るのだと思います。
その境界線は、とてもはっきりした物では有りますが、とても薄い、脆いもの。
だから、案外簡単に、その境界線は越えられてしまう事も有ります。
何かのきっかけ(加齢、病気、事故)で、その境界線を越えてしまうと、もう二度と戻ってくる事は出来ません。
そして、その境界線の向こうは、こちらとはまるっきり、違う世界です。
どんな世界か、は分かりません。
全くの“無”の世界なのか、それとも何かが有るのか、私には分かりません。
でも、多くの人が、無念な思いのまま、その一線を越えていってしまうのです。

この考え方には間違いも有ると思うけど。
でも、こう考えると、生きているって、何だか、奇跡?凄く有り難い事!と思えてきます。
ぎりぎりのラインで頑張っている人も尊敬する事が出来ます。
そして、今、こうして、こちら側(生きている側)にいる事を心から大切に思い、感謝する事が出来る様になってきました。

毎日毎日を、一生懸命、生きたいです。
大好きな人達と一緒に、大好きなキティちゃん達に囲まれて、ここにいられる事に感謝しながら。


2006年09月02日(土)

アウトローになろう

 at 22:22 by あさこ

~以前日記に書いてあった文章ですが、こちらに掲載した方がふさわしいと思い、移しました。~

私は、生まれた時からずっとずっと「こうあるべき」的生き方をしてきたし、周りばっかり気にしてきました。
でも、その生き方で、結構疲れてくる時も。
しかし、ここまでこうして生きてくると、抜け出したくても、なかなか抜け出す事が出来るものでもないのです。
そんなある日、或る人から、「アウトロー」になってみたら、とアドバイスされました。
いつも「変わらなきゃ」って焦って生きてきたところが有るけど、それを聞いて、何だか、ちょっとほっとしました。
そっか、「アウトロー」になればいいんだあって。
それって、凄く自由な生き方だよね。ちょっとどきどき楽しみ。
でも、私、みんながおしゃれやはやり物に走っている時でも、いつもキティラーで、そういう意味ではずっとアウトローだったんだよね。。。だからやれば出来そう。
でも、生き方自体をアウトロー的生き方にするっていうのは考えた事なかったな。

深さ

 at 21:54 by あさこ

8月も終わっちゃいました・・・。
今年も終わっちゃうよーって思うのは、ちょっと気が早いかな。

私は、今年、人生の深さを知る機会を貰えたと思っています。
人の人生、浅い所で終わっちゃう人も沢山いるんだそうです。
でも、悩んだり、苦しんだりした中で、表面だけではない、人生の本当の深み、みたいの知る、ほんのきっかけを掴んだ気がします。

そして、人生は表面だけで生きる事も出来るけど、本当は深さで決まるって、事。
知ってしまった以上、もう後戻りは出来ない。

それでも私はやっぱり、精一杯生きるのだ~!
だけど頑張るだけじゃ駄目。
たまには、息抜きや楽しみもちゃんと持って生きて生きないと、息切れしちゃう。
だから、いつも、キティラースマイル☆彡でね。
2006年08月02日(水)

また今年も!ピンクリボンフェスティバル

 at 08:25 by あさこ

一昨年、昨年に引き続き、今年も、キティちゃんは、ピンクリボンフェスティバル(街と人をコンセプトにした乳がんの早期発見の大切さを伝えるキャンペーン)のアンバサダーに選ばれましたね。
今年のピンクリボンキティちゃん(寄付金付き)は、昨年よりちょっと色も濃く、お花のモチーフのパールネックレスもしていて、とってもおしゃれです。
毎年、思います。
ガンの早期発見率、ガンの治療後生存率が上がります様に。
いつか、ガンなんて怖くない病気になります様に。

この活動の詳細は、サンリオ公式サイトのこちらを見てね。→


2006年07月23日(日)

新たな気持ち

 at 00:17 by あさこ

今日更新の日記にも書いたのだけど。
私、新たな気持ちに今なっています。
ここのところ、色々有って。
その事について、書きます。



私は、すぐ感情的になったり、かと思うと、理性的に意地悪な事を考えたりする。
凄く嫌なやつだと思う。


今まで家族、友達、色んな人を困らせてきました。
これからも?いや、なるべくそんな事はしたくないけど。
でも、しちゃうと思うんだ。


でも、私は、本当は、基本的には人間が大好き。
まあ、嫌いな人もいるけど。そういう人は、ごめん。。。
でも、大好きな人、大切な人が沢山いて、そんなみんなは、とっても大切。


時には人から裏切りに遭ったりもするけれど。
そして、時には、私は自己防衛体制にすぐ入ったりする嫌なやつけれど。
そして、すぐ落ち込む弱いやつだけど。
更に、おんなじ事で悩む、悩みスパイラルに落ち込む馬鹿みたいなやつだけど。


でも、こんな私の事を心配してくれたり、私の事を味方してくれたりする人達がいてくれるの。
1人じゃないんだって思う。
こんな私でも、絶対1人じゃないんだよね。
凄く嬉しい。有り難う。
私も、そういう大切な人達の事、見守りたい。


私、もっと不幸な人がいる中、贅沢かもしれないけど、でも、もう自分の事嫌いになったりとか、自分を責めて苦しんだりとか、したくないし、もっともっと、幸せな人生、歩みたいのです。
だから、頑張ります。
これからも、キティちゃんキティちゃんって言っていて、ほんと、呆れる人もいるかもしれないけど。
でもさ、大好きな物が有るって、いいでしょ☆彡
そして、それに対して堂々としているってのも、いいでしょ☆彡と思うんだ。
好きなものがない人より、いいでしょ。なんてね。自画自賛。
キティちゃんは私のトレードマークであり、お守りであり、親友であり家族であり、みたいなものだからさっ。
これからも、キティちゃんも一緒に宜しくね。
大切な人たちの為にも、そして、自分の為にも、いつも心から明るい笑顔でいたいです。



2006年07月20日(木)

ニューバージョン!私を支えてくれるもの

 at 21:38 by あさこ


転職をしたので、今度は、新たに、職場で私を支えてくれているキティちゃんたちをご紹介します。
しかし、職務上、セキュリティの厳しい職場なので、とりあえず、今回は職場から持ち出せるものしか写せませんでした。


↑やっぱり通勤バッグは、これ!


↑で、やはり今回も新宿キティちゃんがバッグには付いています。(OL風なので、合っているかな、と思って。)更に、時計付きマスコットも。腕時計を忘れた日も、時間が分かる様に。


↑タイムカード。みんな似た様な感じなので、自分のがどれだか分かる様に、キティちゃんシールを貼っています。


↑時々身だしなみチェックするミニミラー!


↑電卓は勿論これ~!慣れているので早く打てます。


↑印鑑は、当然、これ~!


↑必要な書類はここに入れています。


↑ちょこっとメモを取る時はこのメモ帳で。


↑時々自販機で買っちゃう時も有りますが、大体、おうちで好きな飲み物を入れて持って行っています♪


まだ載せたいグッズが有りますので、後日その2を掲載しようと思います。

それにしても、大好きなキティちゃんとお仕事が出来るなんて、幸せです。
もしキティちゃんファンじゃなかったら、と思うとそんな自分が想像出来ないです。
2006年06月21日(水)

現実直視

 at 23:30 by あさこ


最近読んだ本に有った言葉で、ぎくっとした言葉が有ります。

人間に生きる意味など無いのだ。でも人間はその事実を直視するのが怖いから、宗教などに走るのだ。

と言った様な事が書いてありました。

私は、結構、こういうテーマの本を読んじゃうのです。

それは、「人間の生きる意味」はどこに有るのか、そして、それは何なのか知りたいから。

今まで凄く考えたり悩んだりもしたけど、でも、考えても答えが出ないんだなって最近知って、余り考えなくなりました。

今までの哲学者が考えても本当の答えが出てきていないんだし、人間に生きる意味が有るなんて思う事自体、間違いなのかも、きっと無いんだろうな、と。

そして、私こどきに分かる訳が無いのだから、生かされている事に感謝して、淡々と生きる事が大切なんだ、と。

そう思う様になりました。

でも、確かに、人間って、何かにすがろうとするもの。

それって、やっぱり、色々考える知恵が有るのにも関わらず、意味などない人生を生きなくてはいけないからなのかも。

知恵が有るのに、弱い生き物。人間。
他の動物とは違うんだから、悩んで当たり前。

意味も無くこの厳しい世の中を生きていくなんて、考えると確かに怖い。

宗教には余り興味ないけど、私もいつも何か支えが欲しいって思う。

だって、支えがなくても生きられる人なんて、聖人君主のみな気がする。

私にとって、キティちゃんはその1つ。(しかも一番のね

でも、私は例え何かにすがる事は有っても、現実逃避はあんまりしたくないなー。

時には、厳しい現実に悩んだり、人の裏切りに遭ったりして、苦しんだり。

それでこそ、人間!

って気がするから。

辛いけど、悩まないで生きていく人生って、凄く浅い気がする。

人生、深く生きる事も、人間の特権だと思う。

その分、苦しみも多いけど、喜びも多くなると思う。

私は、辛い現実、直視して、ただひたすら生きてみようと思います。

強い人間ではないけどね。

このテーマは、これからも、色々と考えが変わったり、新しく考え方が出てきたりすると思います。
2006年05月09日(火)

最近学んだ事

 at 23:07 by あさこ

最近、学んだ事の羅列。


白黒はっきりさせないと嫌だと思っていたが、時には、物事を曖昧にしておく事も必要。

生きる本当の意味はどんな頭の良い人間にも、分からない。人間は生かされているのだから、それを考えても答えは永遠に出ない。辛くても、それに耐えてただ淡々と生きていく事で何かが見えてくる。

自分自身が経験した事のない新たな傷みを知る事で、理解出来なかった人の傷みも少しずつ理解出来る様になっていく。人は、壁にぶち当たって、乗り越えて、の地道の連続で成長するしかない。

表面的な生き方をしている人と、人生の深い所を知って生きている人、両方いる。どちらになれるかはその人次第。

人は、生きているだけで誰かを傷つけている事が有る。誰かを傷つけずにはいきていけない。

傷ついたと思う前に、相手を傷つけていないか、考える事。

自分の考えだけを正しいと思ってはいけない。正義は一つではない。

人は許し合い、認め合う事で調和して生きていく。

私は誰が文句を言っても(もはや誰も言わないけど。)キティちゃんファンを貫く。自分オリジナルの生き方。それでいい。



とりあえず、こんな感じ。また追加するかも。もしくは削除するかも。
2006年04月17日(月)

悩んでもいい

 at 00:07 by あさこ


最近、思うのですが、悩むって、そんなにいけない事でしょうか。
あらゆる事は、悩む事から、スタートするって言ったら、ちょっと言い過ぎですが。
悩む、考える、迷うって、全てネガティブな事ばかりじゃないと思うのです。
悩む事は、向上の原動力になります。

以前、キティちゃんのインターネットラジオに、「キティちゃんは落ち込んだ時、どうやって乗り越えますか。」と質問メールをした事が有ります。
その時、キティちゃんは、「例えば、ダンスが上手く踊れないとか悩んじゃったら、一生懸命練習して踊れる様頑張ります!」っていう様な事を答えてくれました。

勿論、悩んで、苦しくなって心の病気になったり、自己嫌悪に陥ったり、そこ迄悩むのは、健康にも良くないし、度が過ぎていると思います。

でも、自己を確立した大人になった時、人は自分の事をよく分かる様になるから、当然、自分の欠点や悪い所に悩むものです。
でも、それは、成長していく証でも有ると思うのです。

そこで、諦めたり、もう駄目だ、と思ったりせず、その悩みを克服し、乗り越えていく、その先に、自己の成長、更なる向上が有るのだと思います。

そして、初めて、自分が自分1人で生きているのではないという事を知り、周りの人達への感謝の気持ちを持つ様になるんじゃないでしょうか。
人生って、そんな事の繰り返しなのではないでしょうか。

生意気な事はまだ書く資格もない、私ですが、今の時点では、こう思うのです・・・。

2006年04月04日(火)

 at 23:14 by あさこ


桜が満開になり、春がやってきました。
4月というと、新入生、新入社員。新しい人間関係。
自分がそうだった時の事を思い出します。

今思えば、新入社員の頃は、色んな夢を持っていたなー。
更にもっと前、新入生だった頃は、もっともっと色んな夢を沢山持っていた。

でも、その夢の殆どは、今は叶っていないし、今は持っていない。
反面、叶った夢も有る。
でも、その殆どは、平凡なささやかな夢。

生きていくって、夢を捨てていく事なのかな。

でも、そうじゃなくて、きっと、夢の内容を変えていきながら、人は生きていくんだと思う。

小さい頃は、とてつもない夢を見ていたりしていたけど、それは、段々、現実に即したものに変わっていく。
大人になれば、当然の事。

だから、夢を捨てたのではなく、現実を知りながら、見る夢の内容を変えつつ、そしてそれを叶えながら生きていくのが、成長していく、という事なんだと思う。

今の私の夢の一つは、おうちの中をキティちゃんでいっぱいにする事。
ささやかだけど、大切な夢。


今年の桜を見ながら、そんな事を考えました。

2006年03月18日(土)

空虚感の中で

 at 22:50 by あさこ


前回の続き&追記です。

目標が無くて、日々が虚しい、と感じてきた今日この頃の私。


しかし、そもそも、人生とは虚しいものなのです。
人間は、産まれてきて、生きて、死ぬ、ただ、それだけのもの。
何で生きるのか、なんて、歴史上のどんな頭のいい人も立派な人も分からなかった事。
寧ろ、生かされているので有って、生きる意味等、分かろうと思う方が、おこがましい位だと思っています。


しかし、生きる事の虚しさに目を背けてはいけないのだとも思うのです。
生きる事は虚しい、その中で時には苦しみながらも、ささやかではあるかもしれないけれど本当の幸せ、喜びを見い出して、それを大事に大事にしていく。
つまり、生きる虚しさを知ることで本当の生きる喜びを知り、命の大切さを知ることが出来るのかもしれません。


そう思うと、空虚だとか、目標が無いなんて、何て贅沢でわがままな事なのでしょうか。
私にはキティちゃんという楽しみ、幸せが有るし、家族や友達、自分を大切に思ってくれる人達がいるのだから。
まだまだ、人生勉強が足りないな・・・とつくづく感じます。


私は、もう少し、この空虚感を味わい、表面的ではない、真の生きる喜び、命の大切さ、本当の人生の幸せの意味を見つけてみたいと思います。
その先には、きっと、何か新しいものが待っていたらいいな。



2006年03月16日(木)

日々淡々と

 at 22:14 by あさこ





私の子供の頃からの人生計画。夢。目標。
沢山有って、その為に頑張ってきた人生。
充実していました。


たけど、それらは、実現したり、そこそこだったり、残念な結末に終わったり、色々な結果を出しながらも・・・。
その時期は通り過ぎてしまいました。
今迄、がむしゃらに頑張ってきて、ふと、気付いたら、自分の目標もなくなっていました。
何だか、ぼーっとしてしまいます。


自分のやりたい事、やるべき事が見えてこない。
また探せば出てくるのかな・・・。
多分、目の前に有るんだろうけど、気付いていないだけなのだと思います。
自分より色んな努力している人は、山ほどいるから。
まだまだ、自分は未熟で、視野が狭いのだと思います。
何かにむかって、また新たに頑張りたいです。


ただふと考えてみれば、がむしゃらに生きてきたけど、長い人生、「ただ日々淡々と」生きる時期が有っても良いのかもしれません。
・・・それって、簡単な様で、結構難しい生き方です。
でも、それも大切な事かもしれません。


今の私には、キティちゃんだけ。
でも、これだけ夢中になれる物があれば、十分って気もするのですけどねっ。


2006年03月06日(月)

最近性格がきついかも

 at 23:26 by あさこ


最近の私。凄くきつくなりました。

いや、以前からそういう所は有ったけど。

でも、争い事が基本的に嫌いで、誰とでも、自分を抑えてでも、上手くやっていきたい、という気持ちが有りました。

友達は数が多い方が良い!って思っていたし。

でも、何がきっかけだろう。

仕事かな。誰かの影響かな。自主的に、なのかな。

言いたい事を言う様になってしまったと思います。

仕事の上だけではなく、友人関係でも。

もう、「我慢」が出来なくなった、というか。

自分が悪いと思ったら、勿論素直に謝るけれど、自分は悪くない、と思ったら、相手にそう言う様になってしまいました。

そして、その上で、付き合えない人とは、付き合わなくなりました。

どうしてこう変わったのか、分かりません。
そして、これが正しいのか、分かりません。

好きな言葉が「友情」であるキティちゃんファンとしては、失格なのかな、とも思います。

でも、我慢して、嘘を付いて、相手に合わせるのが友情か、と言ったら、それは違うと思うのです。

キティちゃんだって、言うべき事は言う性格の子だし。

ただ、私の場合、これでいいとは思えないのは、多分、性格が、極端過ぎるからなのかも。

0か100か。しか、出てこない。50点とか40点、60点も有るのに。

それが、私を追い詰めてもいる気がします。

これから、ゆっくり考えていきたい事です。

でも、やっぱり、友達は、宝物。

数も大事だけど、深い所でつながっていける友達を作って、末永く交流していきたいです。

大切に大切にしていかなくては、と改めて思います。

2006年02月28日(火)

2月

 at 23:59 by あさこ


2月は、あっという間に過ぎていきました。
ただでさえ短い月。大掛かりな引っ越しもして、更に、自分の考え方、生き方に影響を与える様な出来事も沢山有りました。
人の言葉に傷つき、人を傷つけ、人に頼られ、人に助けて貰った、そんな月でした。
短かったけど、充実した1ヶ月だったなー。
引っ越しで、新しくキティちゃんハウスも作り直し。
新しいキティちゃん人生のスタートの月になりそうです。

2006年01月25日(水)

人は1人では生きていけない

 at 21:14 by あさこ


人間は、生きているのではなくて、生かされている。
自分は1人で生きていける、誰にも頼らない、とか。
そんな風に思い上がっちゃ駄目だと思う。
人間が生きているのは、自分以外の要因で、生かされているんだよ。
みんなみんな、他人の力がないと何も出来ないんだよ。
生かされている。だから、「何故生きるのか。」なんて、考えても答えは出ない。
以前の私は、こういう考え方って出来なかった。
でも、今は出来る様になった。
キティちゃんの好きな言葉「友情」。
私も、人と人のつながりを大事にしていきたいです。
2006年01月24日(火)

オリジナルな生き方

 at 22:54 by あさこ


段々、自分の生き方、生きる道、将来、色々考える様になってきました。
人生って、上手く出来ている。
或る程度の年齢や、丁度転機の年齢になれば、そうなる様に出来ているのかもしれません。
今は、丁度その、考えるべき時期の中の、一つの時なのかな。

人の普通の歩み方って、義務教育が終わって、その後は自由になる訳ですが、例えば、高校に行き、大学に行き、卒業して、就職して、結婚して、子供が出来て、子供が独立して。。。

と、こういうパターンが一つ考えられる訳です。

途中迄の私は、人生の選択っていうよりも、「こうして当たり前」みたいな感じで、上記のパターンの「就職して」迄やってきました。

でも、その後の、転職、結婚に際しては、かなり悩みました。
この辺りから、自分で自分の人生に責任を負う年齢になり、人生の選択も、自分でする様になった訳です。

これからも、きっと、私は、色々悩み、迷うと思います。

自分の一度きりの人生なら、当然の事。
思いっきり悩んで迷おうと思います。

でも、私が今思うのは、折角この世に産まれきたのだから、オリジナルな生き方をして、オリジナルな幸せを得てみたいな、という事です。

人生、道が一つではないのは、迷うけど、迷えるだけ、選べるだけ、幸せな事ではないでしょうか。
これが許されている環境にない人もいると思います。(特に平和ではない国の方々等。)

適齢期が来たから、結婚って、結構ありがちパターンですが、別に今は適齢期なんてないのではないですか?
結婚して一緒に家族を作りたいと思う人が現れた時、自分の事を心から理解してくれる人が現れた時が適齢期だと思います。
仕事だって、結婚のせいで辞めたくなければ、寿退社なんてする必要ないし、逆に家事を頑張ってみたい!と思ったら、思い切って、家事に集中する為に仕事を辞めてみるのも有りだとは思いますが、それは人それぞれ。
もっと考えを進めてみたら、結婚という形を取らなくても、とお互い思ったら、それでいいと思います。
ただ、結婚しておけば、社会的に守られるパターンが多いので、カップルでいるのなら、結婚しておけば得な事も多いケースも有り、そう2人が判断したら、結婚すればいい訳で。
こうすべきって言うのは無いと思うんです。

出産だって、少子化が進んでいるのは、それなりに理由が有っての事だと思います。
女性だけに負担が多すぎる、女性だけが捨てなきゃいけない物が多すぎる、と思うのです。
今は、女性だって、社会で男性と同じ様に活躍している時代なのに。

きっと、子供を産んで育てるって、女性にとって、素晴らしい仕事なのでしょう。
でも、そうじゃない選択肢も有り、そちらの方が自分に有利だと思ったら、どうしてもそちらに傾きがちになってしまうのは、当然の事だと思います。
女性が子供を産んでも、負担や捨てる物が生じても、それでも子供を産みたいのなら、それは子供を産むべき時。
ただ、出産で難しいのは、出産年齢の寿命は意外と若い、という事。
以前より高年齢での出産が可能になり、増えた、とは言え、これは確かに考える時間を縮める要因にはなっているかもしれません。

いずれにせよ、色々な選択肢が残されている年齢の内は、みんなが歩む道を一緒に歩んで幸せになっていくのも有り。
でも人があんまり歩まない道を歩んで、オリジナルな、誰にも負けない幸せを掴んでみるのも有り。

どちらの道にも、幸せや限りない可能性は待っていると思います。

本来は流されてはいけないけど、でも何が真実か分からなくなった時には、たまには流されてみたり。
余りがんじがらめにならず、自然体で、前向きに生きていきたいです。

出産に関しては、もう少し年齢を重ねたら、また、違う意見になっていくのかな。
先輩の意見にも、しっかり耳を傾けていきたいです。
もう、これしかない!と、頭でっかちになっては駄目だと思います。

きっと、ここでも、間違えた事をいっぱい書いていると思うから、また勉強して新しい考えや知識を得たら、こういうテーマでもう一度書いてみたいと思います。

自分では、もう、既に、ここ迄キティちゃん好きだと、かなりオリジナルな生き方してるなーとは思っています。(人からも、そう言われるのが嬉しかったりする。。。)
これからも、どんな道を見つけたとしても、キティちゃんと一緒だよー♪
2006年01月15日(日)

年賀状

 at 02:07 by あさこ


今年も、沢山年賀状を出しました。
そして、沢山年賀状を貰いました。

イメージ的に、年賀状という物は廃れてきている、というイメージがありますが、私は、やっぱり、年賀状は書くのも、貰うもの、大好きです。

メールでの年賀状も嬉しいけど、やっぱり、お葉書で頂いて、一言手書きで加えてあったりすると、それだけでその方の心遣いが伝わってきて、更に嬉しくなります。

今後、年賀状という物が、世の中でどういう位置を占めていくのか、は分かりません。
出す、出さない、は人の自由。
でも、私は、やっぱり、今後も年賀状を出し続けると思います。

例え、年賀状のやりとりだけの関係。
それでもいいと思うんです。
そこに書いた一言や、メルアドがきっかけで、また新たに交流が始まった人もいます。

でも、昨日、ポストに一枚、悲しい葉書が届いていました。
Sさん、という知らない男性からの物でした。
でも、文面を読み、すぐに分かりました。
「姉が昨年8月に亡くなりました。」と書いてありました。
S先生の弟さんからのお葉書でした。

S先生、お亡くなりになってしまったんですね。
お疲れ様でした。ご冥福をお祈り致します。
きっと、安らかに、天国でゆっくり過ごされていますよね。
でも、私は、ちょっと心に穴が開いた気がしています。
昨年の暑い夏、先生は天に召されたのですね。
来年から、先生に年賀状は書けないんですね。

S先生は、私が小学校2年生の時に、出産でお休みされる担任の先生の代わりに一時的にいらした、年配の先生でした。
S先生は非常に厳しくて、一部PTAからは、苦情も出る程でした。
今まで厳しい先生に出会った事のなかった私は、とまどいも感じました。
しかし、私も私の母も、苦にはなりませんでした。
S先生の凛とした厳しさは、ただ当たり散らしているのではなく、子供達への愛情、将来を願っての厳しさだ、と子供心に感じていました。
厳しくない先生にしか出会わないで小学校生活を終えたりする事態にならなくて、感謝しています。
子供の時に、親以外の厳しい人のしつけを受けないで過ごしていたら、と思うとぞっとします。
やがて、S先生は、元の担任の先生の復帰と共に、お辞めになりました。
みんなは嬉しそうだった気がする。でも私はぽろぽろ涙を流していました。

その後、私は、毎年、S先生に年賀状を書き続けました。
そして、キティちゃんのイラストと共に、自分の近況を書き続けました。
(結婚の時は、写真付きで。)
キティちゃんのイラストを見ながら、「この子は相変わらずだなー」と思っていらしたでしょうね。
そして、先生は、私の近況(進学、就職、結婚・・・)を見ながら、いつも、成長を喜んで下さいました。

先生に毎年年賀状を書くのは、小、中、高、大、社会人になってからも、私にとって、とても楽しみでした。
毎年、キティちゃんイラストもばっちり着けておきました。
やっぱり、私のトレードマークですから。
そして、先生から、版画と一緒に、「私は元気ですよ。」というメッセージが書いてある年賀状が届くのが、とっても嬉しかったです。

今年は、結婚式以来、初の写真入りの年賀状にしてみました。
先生に、ちょっぴり大人になった私を見て貰おうと思いました。

毎年は、先生らしく、先生の年賀状はいつも元旦に届いていました。
でも、今年は元旦に届いていなかった。
今年は、年賀状の配達た遅めが気がしていたので、余り気にしていませんでした。

でも、昨日届いた、S先生の弟さんからの、訃報のお葉書。
もう既に、先生は、この世にはいらっしゃらなかったんですね。
先生、ご冥福をお祈りしています。

私は、例え、年賀状のやりとりだけになってしまった関係でもいいと思うんです。
私は、先生と心のつながりはちゃんと存在した思います。
例え、あの小学校2年生、元の担任の先生が復帰し、最後の先生の授業が、お会いした最後だったとしても。
私は、最期迄、先生と交流出来た事をとても幸せに思います。

先生、有り難うございました。
どうか、安らかにお眠り下さい。

来年から、もう先生にキティちゃんの年賀状を書けないのが、とても寂しいです。

2006年01月11日(水)

2006年になりました

 at 22:53 by あさこ


2006年になりました。
今年はどうなるんだろう・・・と不安な情報がニュースでは流れています。
でも、最近思うのです。
マスコミから流れるニュースは真実の全てだろうか、と。
そうではないと思います。
それは、真実のごく一部、もしくは、真実とずれている場合もあるのではないでしょうか。
ただ、不安がるのではなく、どんな情報も、一回自分できちんと受け止めて、冷静に調べて、そして、情報を利用していく事が大切だと思います。
不安に煽られているだけでは、駄目だと思うのです。


そして、よく、「時代がいけない」と言いますが、時代は繰り返す物。
それどころか、全く時代は変わっていない部分も有るのではないでしょうか。
凶悪犯罪は昔から、戦前から有りました。
勿論、細かい所では、色々状況は変わっているかもしれませんが。

ただ、これは、昔からなのか、今だけなのか、分かりませんが、人のせいにする、責任転嫁が多いなー、と最近の世の中の風潮を見て、思います。

本当は、大きな力の問題以前で、1人1人の小さな努力の問題なのかもしれない。
自戒の意味を込めて、今、そう感じています。
もっともっと色々な勉強をしていきたいです。
正しい知識を得る事が、強く、賢く生きる鍵になる気がします。
但し、誤った知識を鵜呑みにする事は、逆効果にですが。


本やTVも、間違えた事を書く事だって有るのです。
まず、何かを情報として得る時、「これは、果たして本当か。」と疑って掛かる目、自分で確かめようとする目は、必要だと思います。
その為には、余り頭でっかちになっていてもいけない。
まず、初心に返って、澄んだ目で物事を観ていく事。
今年は、私も、それを心掛けていきたいです。


キティちゃん。今年も見守っていてね!
2005年12月31日(土)

2005年を振り返って

 at 20:23 by あさこ


2005年も今日で終わり。
今年も色々有りました・・・。
世間では、他人も、そして、自分のプライドさえも信じられなくなる様な事件が今年も沢山有りました。
来年は、どんな年になるのでしょうか。
今年だけ特別嫌な事件がいっぱい有ったのではなく、多分、前から有ったのだろうけど、大人になると、そういう現実を直視しなくてはいけなくなり、でも、未熟な私は、とても不安な気持ちになります。
いつも変わらない表情で、変わらぬ瞳で、世界を見つめるキティちゃんの目を見ていると、やっぱり安心してきます。
自分自身を見失わないで生きていきたいです。
そうすれば、きっと、どんな困難も乗り越えていけるんじゃないかな、とも思います。

でも、人生、楽しくしたいと思ったら、まず不安がっているよりも、楽しく過ごす姿勢も大切なのかもしれません。
個人的には、そういう所が私の足りない所の一つだと思っています。
キティちゃんは、いつも明るい女の子で、周りを幸せな気分にさせてくれる女の子。
私もそういう人になりたいです。
そうすれば、新しい世界が見えてくるかもしれません。
来年は、何か、全てを一新させたい気分。
私の人生、明るくてキティちゃんと一緒なら、困難も幸せに変えて、新しい道を歩んでいけそうな気がします。
いつも他力本願ではなく、来年は自分の力で、良い年にしてみせたいです!
2005年11月12日(土)

キティちゃんの生き方

 at 22:57 by あさこ


私は、キティちゃんの性格、生き方って、或る意味、凄いと思っています。

キティちゃんの好きな言葉は、「友情」です。
友達が多くて、友情をとても大切にする子。
思いやりがあり、誰にでも平等に優しく、みんなは、そばにいるだけで、心がハッピーになってしまいます。
それでいて、元気で前向きでいたずら好き。
しかし、ズバズバとものを言う性格でもあります。
一見、ただのキャラクターの性格紹介です。

でも、この中には、凄く実は生きていく上での、重要なヒント、キーワードが隠されていると思います。

物事をはっきり主張しながらも、人と調和してうまくやっていくのって、実はとても難しい事だと思うのです。

私自身、学生時代までは、人と穏やかに争わずにやっていく事を第一に考えていましたが、就職してからは、生きていく為には、自己主張も必要だ、と思う様になりました。

その中で、かなりきつくなったと思うし、ふと思いやりを失い掛けていた事もあったと思います。

自己主張も確かに大切だけど、思いやり、人に対する温かい心を失ってしまったとしたら、それは、人間として、大きな間違いです。

キティちゃんは、見事に、それをやってのけているのだから、或る意味、とても立派だと思います。
私は、キティちゃんみたいな生き方をしてみたいです。

2005年10月23日(日)

厳しい世の中をキティちゃんと共に生きていく

 at 23:01 by あさこ


私は小さい頃からキティちゃんが大好きでした。
本当に可愛いから。
でも、何故大人になってからも人に「子供っぽい!」と言われても、めげずに大好きで、今でも、キティちゃんに癒されて、和むのか。
むしろ、今の方がキティちゃんが深く深く、大好きかも。
理由は勿論、理屈無しに可愛いから、が一番ですが、それ以外にも有ります。

決して、現実逃避していたいからでは有りません。
大人になって、厳しい現実の世界を知ったからなのです。

勿論、私は、まだまだ社会では未熟者だから、これからももっともっと厳しさを知っていくと思います。
その覚悟は持っていなくてはいけないんだろうと思っています。

人は時には裏切るものです。
相手はそのつもりはなくても、ナイフの様に突き刺さる言葉を聞かされる事も有ります。
そして、逆に、私も、知らない内に人を傷つけています。
私は、幽霊話とか怖くないんです。
それよりも、世の中で一番怖いものは「人間」そのものなのだと思っています。

でも、キティちゃんは、何が有っても、どんな事が起きても、いつも変わらず、私を見守って支えてくれるのです。

現実社会、人生は厳しいからこそ、こういう、唯一全ての悩みや苦しみ、憎しみ、悲しみから開放させてくれる逃げ場が有ってもいいんじゃないかなって思います。

きっと、人それぞれそういう物を持っているのではないでしょうか。
それが、たまたま私の場合は、ハローキティなのです。
だから、誰がなんと言っても、きっとずっとキティちゃんは大好き。
もう何度も助けられています。
2005年09月24日(土)

今年も!ピンクリボンフェスティバル

 at 02:57 by あさこ


昨年に引き続き!今年も、キティちゃんがピンクリボン活動(乳ガンの早期発見、早期診断、早期治療の大切さを伝える活動)のアンバサダーになりましたね。
全然この世の中に貢献とかしてないよなーと思う自分ですが、キティちゃんを通して、少しでも社会貢献活動など出来たら最高に嬉しいです。
乳ガン、その他のガンの生存率が上がっていきます様に。
過去の私の日記を見て頂ければ分かりますが、身内がガンになり、手術をした事が有ります。(今はとっても元気です。)
その時は、ガンというものを心底憎みました。
しかし、不治の病ではない、少しでも早く発見し、治療をする事が大切である、という事を学びました。
だからこそ、私にはこういう活動、人ごととは思えないし、実際 人ごとでは無いのです。

この活動の詳細は、サンリオ公式サイトのこちらを見てね。→
2005年08月23日(火)

平和を祈って

 at 06:08 by あさこ


8月は、色々な事を想う一月だ。
その中でも、メディアでも大きく取り上げられるのが、「第二次世界大戦」が終わった日が、8月15日だという事である。

私は「戦争」を知らない。
だから、何を言っても、綺麗事になってしまう気がする。
一生懸命テレビ番組を観たり、本を読んだりして勉強しても、所詮本当の戦争を知らないのだ。
しかし、今イラクに日本の自衛隊が派遣されている。

この是否はともかくとして、日本の自衛隊が、正に戦場にいるのだ。
人ごとではない。

日本自身は今、戦争をしていない。
でも、この世界のどこかで、やはり、戦争をして苦しんでいる国の人達がいる。
戦争で家族を失った人達がいる。
戦争が終わっても、その被害で苦しんでいる人がいる。

日本だって、例外ではない。
未だに、原爆の後遺症に苦しんでいる人がいる。そして、母親の胎内にいた時に被爆をして病気になった方々は、戦争を知らない世代なのに、戦争の被害に遭ってしまった。
戦争を遠い国の、大昔の事だと思ってはいけない。
「戦争」は、人ごとではない。

自分達と同世代、それに近い人達、もしくは、もっと若い世代の人達が召集令状で戦争に行った。
もし、自分に召集令状が来たら?もし自分の家族や友人に召集令状が来たら?
私だったら、怖い。戦争になんか行きたくない。
家族だって行かせたくない。

「東京大空襲」が有名だが、いつ空襲が有るか分からないまま、毎日を暮らす事を考えると、考えるだけで恐ろしい。
どんなにか不安な毎日だろう。

特攻隊員達は、行きの燃料のみで敵地に飛び立った。
若い彼らは純粋に国を信じ、勝利を願い、ふるさとに残した家族を守る為、自ら死んでいった。
実際、そういう事がこの日本で有ったのだ。

更に、日本は核兵器の被害にも遭っている。
核兵器の恐ろしい所は、大量殺戮が行われる事だけではない。
その被害が、何年も何年も続く事だ。
その核兵器の被害に唯一遭った国、日本。

でも、核兵器はこの世の中から消えていない。
持っている国もあるし、開発している国もある。

繰り返し書くが、「戦争」は本当に人ごとではないのだ。
「人ごと」と考えてはいけないのだ。

私は、戦争を知らない世代がこの世に増えていくのがとても恐ろしい。
人間はいつか、傷みを忘れてしまうものだからだ。
そして歴史は繰り返されるものだからだ。

戦争になると、人は変わってしまう。人でなくなり、残酷な動物になってしまう。
しかし、人間の人生を、命を翻弄する、権利は何者にもない。

悲しい事を言ってしまえば、永遠に戦争はなくならないだろう。
しかし、日本人が本当の意味で自分の国を愛し誇りを持ち、懸命で賢い判断をし続けてくれる事を祈ります。

宇宙から見れば、国境なんてないのに。
いつか、世界全体に、本当の平和が訪れます様に。

平和、友情のシンボルキティちゃん、見守っていてね。
2005年07月13日(水)

私を支えてくれるもの、その2

 at 22:27 by あさこ


以前、私の会社生活を支えてくれるものの一部をご紹介しましたが、今回は、その追加です。
今回は、デスクの上で実際使っている物をご紹介したいと思います。
でも、これも全部は無理なので、一部のみです。
会社にデジカメを持って行く機会が有った時に、こっそり撮ってきたので、全部は撮りきれなかったのです。
しかし、仕事しながらデジカメでパシャパシャは、結構冷や冷やでした。。。
でも、普段は、真面目にお仕事してるので、今回だけ、許して下さい!


↑デスクの上で私を見守ってくれているキティちゃんマスコット。

↑マウスにはシール。マウスパッドはエンジェルキティちゃん。

↑壁紙はキティちゃんの壁紙を数種類用意してあります。時々いたずらで、先輩のPCもキティちゃんの壁紙に変えてしまったりします。犯人はすぐばれますが。

↑スクリーンセーバー。背景色は時々変わります。実は撮影出来ませんでしたが、「作業中」と「バックグラウンドで作業中」のアイコンもキティちゃん。自宅では全部キティちゃんのアイコンにしていますが、さすがに職場のPCは他の方も使う可能性もあるので・・・。

↑クリップ入れ。

↑輪ゴム入れ。

↑キティちゃんスタンプ入れ。

↑お仕事でも使えるキティちゃんスタンプが沢山入っています。

↑スタンプ台にはシール。

↑印鑑にはキティちゃんマスコット。

↑手帳は、プライベートとは分けて、黒の渋めのキティちゃん手帳で。仕事のスケジュールはばっちりです。多分・・・。

↑ペンケース。たっぷり入るので便利。長年の愛用品です。

↑キティちゃんの定規。

↑はさみは、ピンクのはさみにキティちゃんシールで。

↑キティちゃんのり。いい香りがします。

↑クリアフォルダー。キティちゃんのには重要書類を入れておきます。

↑このファイルにも、大切な物を保管。

↑伝言メモもキティちゃん。他にも数種類持っています。勿体ないので、原紙は使わないで、コピー。(けち?)

↑キティちゃんクリップは目立つので便利。

↑穴開けパンチはピンクの物にキティちゃんシール。

↑電卓は、キティちゃんのも売っていますが、早打ち機能付きが欲しかったので、キティちゃんシールを貼っています。とっても使いやすい電卓です。

↑英語の辞書もキティちゃん。

これらのキティちゃんが、拙い私の仕事を全面的にバックアップしてくれているのです。

2005年06月29日(水)

偏見

 at 23:22 by あさこ


「みんな仲良く」って、きっと、ただ、みんなで楽しく和気あいあいと、という意味だけではないと思う。
この世の中は、いかに、偏見に満ちているか。
人の痛みを理解しようとしない人は、きっといつまで経っても理解出来ない。
勿論、人の苦しみはその人にしか分からないけれど、理解しようとする気持ち、思いやりは持てる筈だ。
私も、きっと誰かに偏見の気持ちをつい抱いてしまっている時があるかもしれない。
いや、大抵の人なら有ると思う。
でも、そういう自分に気付き、恥じる事の出来る人間でありたい。


2005年05月08日(日)

キティちゃんの夢のお散歩

 at 19:08 by あさこ

「キティちゃんの夢のお散歩」
キティちゃんのぬいぐるみが主人公の写真絵本です。




私の大好きな本です。
キティちゃんは、お話の中で色々な冒険をします。
その姿は、とても心が和みます。
そして、何をおいても、この絵本の最後の文章を読む度に、私は、感動しないではいられないのです。

「生きていることは じつに夢のようなことなのです。」

この一言って、正に人生を語っていると思いませんか。
生きている事について、改めて考えさせられる、キティちゃんの絵本です。

キティちゃんは、私に生きる意味まで考えさせてくれる存在です。
それも押しつけがましくなく、とても無邪気に。
2005年04月15日(金)

ホワイト一家

 at 22:12 by あさこ

ホワイト家のファミリーって、イラストでもアニメでも、本当に仲良しで絆が強くて。観ていて、ほっとしてしまいます。
   
あー、こんな世界、幸せそうでいいなぁって、いつも思います。
でも、よく考えてみたら、私の身近にも、こんな幸せが、有ったのです。
私が産まれた時、母は、女の子だったのが嬉しくて、涙を流して喜んでくれたそうです。
私が幼い時、父は、注射が下手な医師が何度も私の腕に針を刺し私が泣き叫ぶのを観て、「もういい!」と激怒したそうです。
私が小学生の頃、兄は、自分の友達が私を泣かせた時、その友達に殴りかかったのだそうです。
そういう話を聞くと、ああ、私は、何て沢山の愛情に包まれて生きてきたのだろう、と思います。
これからは、私が家族孝行をしなくてはいけない番なのです。
そして、私も、ホワイト家の様な、そして、自分が育った家庭の様な、幸せな家庭を築きたい、そう思っています。



2005年02月14日(月)

私を支えてくれるもの

 at 20:48 by あさこ


今日は、私の会社生活を支えてくれるものを少しだけ紹介したいと思います。

↑ロッカーには名札は有りません。自分の所だとすぐ分かる様に、キティちゃんのシールを貼ってしまいました。このロッカーを観た瞬間から仕事モードに入ります。スイッチ入れ替えをします。一応。

↑ちなみに、私の全ての鍵類は、このOLキティちゃんのキーホルダーにまとめています。このキーホルダーをなくしたら大変です。もしどこかに落ちていたら、あさこ迄ご連絡下さい・・・。

↑名札にも、京都キティちゃんの根付けを付けています。この名札のお陰で、結構社内外の人に顔を覚えて頂けます。これを観て、あ、と思った方、是非、声を掛けて下さい。他に胸ポケットに差しているのは、シャープペン、カラーのボールペン、ブラックボールペン。勿論全てキティちゃんです。

↑通勤鞄はこれです。ブラックでシックだし丈夫で沢山入るので気に入っています。付けているのは、新宿キティちゃんです。

↑通勤途中、余裕が有る時は、時々音楽を聴きながら行きます。

↑ロッカーに通勤バッグは入れて置いて、普段はこのバッグだけを持ち歩いています。貴重品類が入っています。このバッグを持っているOLをお昼に見掛けたら、私かもしれません。母の手作り。私の宝物です。(05.5.20更新)
 
↑小物類を別に持ち歩く時はこの巾着に入れています。巾着の表と裏の写真です。

↑飲み物を飲みながらお仕事をしている事が多いです。大抵、水かお茶類です。

↑靴下では有りません。ペットボトルカバーです。水滴が付かないし、冷蔵庫に入れて置いてもすぐ私のだと分かります。ペットボトルの飲み物を飲んでいる時は、これを付けています。

本当は、職場で実際使っているキティちゃんグッズをご紹介したいのですが、今回は難しかったので、またの機会にこっそり撮ってこようと思います。休日出勤した時にでも。
大好きなキティちゃんに囲まれながら、支えられながら、私は、毎日頑張っています。

2005年01月01日(土)

あけましておめでとうございます

 at 23:55 by あさこ



いよいよ2005年のスタートです。
今年は、どんなキティちゃんに出会えるのか、とっても楽しみです。
今年も、きっとキティちゃんは益々羽ばたいてくれる事でしょうっ。
この混沌とした世の中に、どうか、希望の光を!


2004年12月31日(金)

2004年の終わりに

 at 23:59 by あさこ


毎年毎年思う事なのですが、今年も、世の中で悲しい出来事が沢山有りました。
日本以外でも、世界のどこかで、普通に、楽しい年末を過ごす事さえままならない人達が沢山います。
それを思う時、私は、キティちゃんの30周年のシンボルマークのあのリボンの付いた地球を思い出すのです。
来年は、どんな年になるのでしょうか。

2004年11月01日(月)

キティちゃん、ミミィちゃん、30周年おめでとう!

 at 23:59 by あさこ


キティちゃん、ミミィちゃん、11月1日、お誕生日おめでとう!
考えてみたら、こんなにも長い間、子供から大人まで、幅広い世代に愛されていて、ますますこれからも、新しい分野での活躍の幅を広げていくキャラクターを作った、サンリオさんは凄いなーと関心してしまいます。
日本が世界に誇れる物は多々有るけれど、「ハローキティ」は、その中のどれにも負けず劣らず、世界中に自信を持っていい、日本のキャラクターだと思います。
これからも、どんどん活躍していってね。



2004年10月18日(月)

キティちゃんは日本の文化

 at 07:01 by あさこ


最近、二回ほど、「キティちゃん」に関しての取材、インタビューに応えさせて頂く機会が有りました。
ここの所、新聞記事でも感じていた事ですが、記者の方とお話していて、益々強く感じた事が有ります。
それは、ハローキティが、日本の文化の象徴の1つとして、海外で受け止められつつ有る事です。
それは、時には、とても好意的に、そして、悲しい事に、時には、批判的に受け止められる事も有る様です。
「キティちゃん」イコール「かわいい」「未熟」。
つまり、キティちゃんを求める日本の女性は未熟であり、また、日本の男性も、女性に未熟さを求めているのだ、と。
そういう見解も、一部有る様です。
有名になればなる程、色々な意見も登場し、取り上げられ方をする。
こうやって、世界で好意的にも、批判的にも受け止められる様になった、というのは、それだけ、キティちゃんという物が、世界で認められてきている、という事で、キティちゃんファンとして、とても嬉しいです。
さて、私個人の意見はどうか、というと、キティちゃんは、決して、未熟な日本女性の象徴ではない、と思っています。
子供は、大人っぽくしたい、と背伸びしたくなるもの。
わざと子供っぽい物を遠ざけたくなるもの。
でも、本当の大人は、そんな事はする必要は有りません。
ストレスの多い、殺伐とした社会の中を生き抜いていく中で、逆に、可愛らしい物や、ほっと心を和ませてくれる物に心惹かれていく。
可愛い物を素直に、可愛い、大好き!と主張出来るのも、大人の証拠の1つではないでしょうか。
逆に、「周りにどう思われているかしら」「男性に幼いと思われるのが嫌だから」と言って、本当は大好きな物を遠ざけ、背伸びした物を求める方が、よっぽど子供な気がします。
周りが何と言っても、好きな物は好き!と堂々と主張出来るのも、大人で有る事の1つだと思うのです。
この件については、長くなるので、又の機会に、ゆっくり述べたいと思います。
2004年09月06日(月)

嫌いな人との接し方は?

 at 20:40 by あさこ


皆さんは、嫌いな人って、いますか。
私はいます。
そういう人とはどう接していますか?
私は、我慢してスマイルを見せています。
何がベストって無いんだろうけど、何か、もっと要領の良い方法は無い物でしょうか。
出来る事なら誰とでも分かり合いたいし、みんなと仲良くしたーい、というタイプなので、余計そういう事で苦しんでしまいます。
悲しい事だけれど、結局分かり合えない人とは、永遠に分かり合えないのでしょうか。
キティちゃんの好きな言葉は「友情」。でも、キティちゃんは、相手に物事をはっきり言うタイプなのだそうです。
それが一番理想的だけど、なかなか全ての人に対してそうは出来ないのが現実・・・。


しかし、もし人と人が簡単に分かり合えたら、戦争なんて存在しないのだから、やはり、難しい事なのかもしれない。
2004年08月31日(火)

ピンクリボンフェスティバル

 at 20:57 by あさこ


キティちゃんが、乳がんの早期発見、早期診断、早期治療の大切さを伝えるシンボル「ピンクリボン」をより多くの人に知ってもらう為、「ピンクリボンフェスティバル2004」のアンバサダー(大使)になりますよね。
こういうニュースって、とっても嬉しいです。
キティちゃんが、1人でも多くの命を救うんだって思うと、キティちゃんファンとして、キティちゃんを、とても誇りに思います。



サンリオ公式サイトのこちらを見てみてね。→
2004年08月29日(日)

キティちゃんエッセイ スタート!

 at 22:22 by あさこ


今日から、私の日常を描いた「キティちゃんDiary」とは別に、このコーナーを始めてみる事にしました。

内容は、キティちゃんに関する内容のショートエッセイ、そして、一人のキティちゃんファンとして色々と考えている事を、Diaryより、もっと深い視点から書いていこうと思います。
いつか本格的にキティちゃんのエッセイを書く事が夢の1つです。
どうぞ宜しくね!

説明事項

 at 22:21 by あさこ

『キティちゃんエッセイ』は、HP「キティちゃんファンクラブ」の1コーナーです。

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HP「キティちゃんファンクラブ」へは、↓下記のキティちゃんの画像をクリックして移動して下さい。